板橋のアルコール病棟

朝からアパートの隣がうるさい。そういえば都民の日も子供が嫌な騒ぎ方をしていなかっただろうか。
皿を洗うガチャガチャいう音が耳につく。攻撃的なほどに耳につく。
昨夜は飲まずに寝たし、シラフの時の方が神経が苛立っているんじゃないだろうか。とにかく落ち着かない。
「うるさすぎる。目に物見せてやれ。」キッチンに行って赤ワインの入っていた黒いボトルを掴んで持ってきた。
アパート外の階段の踊り場に出る。隣の窓から一層耳障りな音が響く。その窓に向かってボトルを投げた。見事命中。
窓ガラスにはヒビが入り、音は止んだ。
外で警察が事情聴取をしている。うちにも来たが、音を立てずに寝ていた。一晩音を立てずに横になったあと、次の朝、区の警察署に出頭した。
以上の顛末を全部話し、隣の奥さんが来ていたのでお詫びを言い、行きつけの精神科に行って少し長く話した。
「じゃ、アルコール病棟紹介するから」とにべもなくそういうことに決まった。実際、以前から断酒するようには言われていたのだ。
とりあえず実家から来た父と隣家に謝りに行き、その後妹の付き添いで板橋の大きな病棟に入院した。秋の始めだった。
アルコール病棟は患者が満員なので、空きが出るまで精神病棟で過ごすことになった。
本当の精神病患者たちと付き合い、自分もどうにかなりそうな緊迫した毎日。
それでも何とか三食食べ、外出時間には喫煙所で携帯をいじり、中には仲良くなれる患者さんもいる…が、毎日「早く出たい」の一心だった。
一番仲良くしていたO君も、最初こそインテリ風を吹かす憎めないやつだったが、
日が経つとともにどんどん狂乱してゆき、私がアルコール病棟に移る頃には隔離病棟に移され、後日彼の消息を聞くと「Oはもうダメでしょう」ということだった。
アルコール病棟はうって変わって「元酒好き」のおじさんばかりで、とにかく皆退屈してブラブラしていた。中にはおばさんやお姉さんもいる。

ここでは「断酒講義」と称して、アルコール依存のメカニズムを勉強したり、酒で爛れた胃腸、酒で萎んだ脳味噌の写真を見せられたりする。
他にも映画を見るだけの時間やお料理教室、外出して都内の名所を散歩するレクリエーションの時間などもあった。
ある意味酒抜きで楽しめるように工夫された楽しい時間だが、その一方で中学生の修学旅行のような幼稚なノリに徹してしまう人間もいて、
かなり嫌な思いをすることも少なくなかった。
一日が終わると、冬の日が暮れた頃、近所や都内のどこかで催される断酒会に強制的に参加させられる。そこでもノリは同じだ。
楽しい反面、あまり面白くない目にも遭う。
結局、退院後も完全断酒には至らなかったが、ノンアルコールでもそういう思いを飲み込めるように教育してもらったのだな、と振り返る毎日である。